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ケータイマニアあすまという人物(長文・駄文注意)

今回は携帯電話関連の話題はほとんどありません。

このブログを書いている私、「ケータイマニアあすま」という人物を分析する内容となっているため、非常におもしろくない記事であると感じています。

興味のない方は読み飛ばすことをおすすめします。



私の行動を決定づけるキーワードは下記が該当すると思います。


・自己満足と不特定多数の利益になる事柄が合致することに喜びを感じる。

・既に確立された事実であっても、一度気になると一応自分なりに検証してみないと気が済まない。

・権威や既成概念に対して必ず疑問を持ち、時に反抗する。また自身が「権威」になることを由としない。

・基本的に天の邪鬼である。


自己満足と不特定多数の利益になる事柄が合致することに喜びを感じる。

基本的にすべての行動は自分の欲求を満足させるための自己満足だと思っています。

満足できなければやめてしまうし、満足できたらさらに上を求めてしまう。

しかしそれだけではなく、その行動の結果によって不特定多数の利益に繋がる何かが生まれることにはとても強い喜びを感じます。


実際にやってきた実例として、あるジャンルにおいて特定の項目についての情報は先達によって豊富な情報が蓄積されているが、その特定項目を包括するジャンル全体の情報を探そうとするとあまり見つからない場合。

ジャンル全体で情報を集めることができると、既に情報が蓄積された特定項目からのフィードバックも期待できるし、これまで考えられなかった組み合わせを実現することも可能になる……かもしれない。

もしそのような場所が存在するのであれば、自身が情報の発信者にもなれるしあるいは自身が情報を提供していただけるかもしれない。

これを実行に移した頃はまだブログというものが一般的でなく、情報を発信するためにはホームページを作らなくてはいけませんでした。

そこで包括的情報交換ができるホームページを立ち上げたところ、自身の予想を超える形でこの目論見が成功しました。

結果として、同様の情報を求めている人が情報を探すための場所を作り出し、それらの人々が交流する土壌を作ることができました。

今でもこのホームページは形を変えて現存しています。


このブログも当初はmixiの日記に不定期で書いていた携帯電話関連の話題を記録する場所として最初はオープンしましたが、内容が多くなってくるのと同時にどうせなら誰かの役に立てばいいなという思いが出てきました。

今現在どれだけの人の役に立っているのかは知りませんが、今後も自己満足と公益の両立ができれば言うことはないのかなと考えているところです。


実生活においても、現在就いている仕事は自身の業務が成功したら関係者の利益に繋がります。

しかし長い目で見ると、その成果物は私がこれまでにあったこともない何百何千という人にとって利益になるという仕事です。

仕事とはお金を稼ぐことも大事ですが、業務を成功させ他者からの良い評価を得て結果として己を満足させる活動の一つだと思うのですが、その自己満足の追求が結果的に不特定多数の利益に繋がっているのだとしたら、天職とは言わないまでも現職は私の行動法則に合致しているものなのかもしれません。



既に確立された事実であっても、一度気になると一応自分なりに検証してみないと気が済まない。

特別に興味を持った事柄の場合、既に確立されている方法や理論がそこにあるとしても、その理屈がいまいち理解できなかったりすると、自身で検証してみたくなります。

あまりに自身の力量を越えている内容だとその方法を鵜呑みにしますが、だいたい理屈に疑問を覚えるときというのは自分でどうにかできそうな気がする時がほとんどです。

結果として、実際は自身の力量を越えたところに真実があったりする場合も少なくはありませんが。

その際はネットでの検索、実際に検証環境を用意しての試験など、やれることはやるようにしています。

そのために他人から見たら呆れるであろうほどの出費をしているという自覚は十分にあります(苦笑)

成功するにせよ、失敗するにせよ、それは最終的に自分の経験値になりますし、どちらにせよ世間に公表したらいつか同じ疑問でつまずいた人にとって助けになることでしょう。



権威や既成概念に対して必ず疑問を持ち、時に反抗する。

また自身が「権威」になることを由としない。

上の項目に少し被りますが、反骨精神と言うほど立派ではないと思うのですが、常に何かに反抗心を持っていたりします。

常に感じているのが「中央集権」への疑問。

東京でなければ○○は成功しないとか、地方では○○はできないといった既成概念。

私は「福岡人」という意識がどうも人より強いようで、何かするとき「なぜ福岡ではできないのか」と疑問に感じ、東京至上主義に対する反抗心を持っています。

東京という街が嫌いなのではありません。以前行った際は福岡とは違う魅力を感じましたし、また遊びに行きたいと思っていますから。

これまでにも敢えて福岡を中心とした集まりの企てに何度も加わってきましたし、自らが提言したこともあります。

「福岡スマートフォン寄合」もその一つです。

今後も福岡で出来ることは積極的にやりたいと思っています。


また、私は権威というものが嫌いです。特に「権威化した集団」というやつが本当に嫌い。

何かについて精通することは悪いことではありませんが、それが訳の分からない権威を持ち始めるととても厄介だと感じてます。

一人一人はそこら辺にいる人なのですが、なぜか集団化すると持ち上げられ偉ぶり、さも自分が偉い人とでも言いたげな振る舞いをする。

そうして自分たちの意に添わない人を排斥していく、これまでにそんなのを数限りなく見てきました。

物事とはグループを組まなければなにもできないのでしょうか。

確かにグループを組まなければ出来ない事柄もあるでしょうが、別に個々のナレッジを集約できる環境さえあれば固定化されたグループは不要だと感じることが少なくありません。

こと日本人の気質にムラ意識という厄介なものが存在している以上、極力それを発生させやすい特定の集団・団体は作らないに越したことはないという意識もあったりします。

(そのため私が提言する活動のほとんどはナレッジ集約の環境は用意しますが、それを集団・団体という形には定義しないように気をつけています)

この裏返しで、私自身が○○の権威とか何とか言われるのもあまり由としませんね。

私自身はどこにでもいる一介の冴えない会社員です。



基本的に天の邪鬼である。

どうも私は天の邪鬼のようです。

結構まわりが興味を持たないマニアックな事柄に興味を抱くことが多く、まわりがその事柄に興味を持ち始めると(それが普遍化してしまうと)そこから去ってしまうことが結構ありました。

完全に去らないまでも、意欲に差が出るのは事実だと思います。

興味を持つ人が増えると、必然的に私よりもずっと優秀な方が優れた情報を提供してくれるようになります。

そこに私がいなくても有益な情報が出てくるようになるのですよね。

それならばまだやっている人が少ない事柄を見つけて、そこで最善を尽くしたいと感じているのかもしれませんね。



端的に表すと「偏屈者」って言葉で総括できてしまいそうなのが怖い(笑)


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